まほらの天秤 第30話


「シャルルさん、知ってたんだね。君が不老不死だってこと」

僕は苛立ちを抑えるかのように、紅茶を口にした。
ずずずず、と音を立ててしまうのは仕方が無いだろう。
なにせ、ずっと生まれ変わりだと思っていた相手が、実はルルーシュ本人だなんて、想像すらしていなかった。だって、このルルーシュがあんな極悪環境から逃げ出さないなんてありえないだろ。なんで大人しくあんな場所に居たんだよ。
火傷だって、不老不死なら1回死ねば治っただろうに。
君の焼けただれた顔見て、僕泣いたんだよ?
すっごくショックだったんだよ?
はぁ・・・騙された。
また騙された。
ルルーシュは嘘ばっかりだ。
数百年経っても嘘だらけだ。
ああ、そうだよね。ルルーシュなんだから疑わないと駄目だったよね。
苛立ちを飲み込むように、残りの紅茶を一気に飲み干した。
体が辛いのか、再び横になったルルーシュは、返事を返さないどころか、こちらを見ようともしない。
それが余計に腹立たしい。
空になったカップを乱暴に戻すと、ガチャリと陶器がぶつかる音がした。

「・・・で、お父さん?あのシャルルさんは何処の誰との子供なのさ?」

できるだけ顔に穏やかな笑みを浮かべて尋ねると、彼は溜息をひとつついた後、既に火傷の痕ひとつ無くなった美しい顔をこちらに向けた。
ルルーシュの写真は記録に残されていない。
記憶の中だけに残された、懐かしい顔を再び目にしたことで、胸の奥から温かいものがこみ上げてきた。

「お前、さっきから妙に突っかかってくるな。大体、俺の実子なわけないだろう」

コードを受け継いだ時点で種を残す力は失われる。
それはC.C.のコード限定の話ではなかったらしい。

「じゃあ、お父さんって何?」
「俺が育てたんだよ。シャルルの家は裕福な家庭だったが、家督相続争いに巻き込まれ、双子の兄も含め家族全員が死亡した。あのままではシャルルの命が再び狙われるのは必至。だから全ての遺産を放棄させ、俺が引き取り育てた」

年を取らないことはどうにか誤魔化していたが、シャルルを狙った者との争いで一度命を落とし、保護者であるルルーシュの遺体に縋り泣き続けていたシャルルの目の前で蘇生した。だから、この体のことを知っているのだという。
不老不死でもいいと、シャルルはルルーシュと共にいることを選んだ。

その話で、僕は今までシャルルに感じていた疑問が解けた気がした。
穏やかな眼差し、優しい声音。
だが、決して引かない強さと威厳。
誰かに似ていると思った。

・・・ナナリーだ。

ブリタニアの代表となったナナリー。
彼女に似ていたのだ。
かつて親子だったから、ではない。
原因は、ルルーシュだ。
間違いなく、目の前にいるベッドの住人は、溢れんばかりの愛情を注ぎまくったに違いない。いや、家族として受け入れた以上、あの愛情が彼のデフォだ。当たり前にように愛をささやき、シャルルのためにと、たっぷりと愛の籠もった料理も作っていただろう。
彼の愛情は麻薬のようなものだ。
一度のその愛情に身を浸せば、離れられなくなる。
無理に離れても、また欲しくなる。
どれほどのわだかまりがあっても、その愛情で溶かされてしまう。
かつてのナナリーがそうであったように。
かつてのロロがそうだったように。
そして、僕がそうだったように。
そんな愛情に浸されて育ったシャルルが、あの98代皇帝シャルルと同じように育つはずがないのだ。

時間がないからとシャルルが簡単に説明した内容は、4年前までルルーシュは屋敷近くの別の家に暮らしていたが、そこを何者かに襲撃され、ルルーシュは大怪我を負ったという話だった。家は焼け落ち、ルルーシュの体には見るも無残な火傷が残ったが、ルルーシュは誰にやられたか一切言わなかったという。
だからシャルルは、まさか身内が行なった犯行だとは考えていなかった。
スザクと会ったあの日、森から煙が上がっているのを見て、まさかまたルルーシュがと慌てたが、ルルーシュは不老不死。これ以上ルルーシュが傷つく姿は見たくはないが、犯人と、その目的をはっきりさせたいと考えたのだという。
自分の子供達だとうことはショックだったが、おかげでい長年の謎は解けたと穏やかに笑った。
そのシャルルは今、火事の後始末に奔走している。

シャルルが自分の持つ情報を全てスザクに話した以上、隠し通すことは難しい。
ルルーシュはしばらく悩んだ後話し始めた。
4年前に彼らに襲われ、大やけどを負ったことで、悪逆皇帝である自分がここにいてはいけないと判断し、シャルルの傍を離れようとしたのだが、ずっとそばに居て欲しいとシャルルに説得された。なにより、犯人が捕まらなかった以上また襲われる可能性もあると言われてしまい、身内に犯人がいると言えなかったルルーシュは、あの森のなかに家を建て、隠れ住む形にしたのだという。
あの場所にいることがバレることも、日用品を届けにくる使いの老人がコーネリアたちに着くことも想定内。それでもルルーシュはそこに居続けた。
・・・ただし、コードを封じ、全てを忘れた状態で。
最初はどうしてこんな場所にいるかわからなかったが、周りに言われるまま、ルルーシュの生まれ変わりだと信じていた。
蘇生し、全てを思い出すまでは。

「なんでそんな面倒なことしたのさ」

よくよく考えれば、ダールトンはシャルルにルルーシュという息子はいないと、ナナリーに同腹の兄はいないと言っていた。使用人たちも同じだ。それは真実で、本当に生まれていなかったのだ。
だが、彼を見た瞬間に、じつは隠れて生んで幽閉していたと思い込んでいた。

「お前には関係ない」

つんと、顔を背ける。
その様子が可愛くない。
ふーん、関係ないんだ?
いらだちは益々募るが、正面から行っても態度は変えないだろう。
数百年ぶりに再会したけれど、彼の性格は手に取るように思い出せた。

「・・・僕には教えてくれないんだ?」

眉尻を下げ、語調を弱くし、眦にうっすらと涙を浮かべ、上目遣いで見つめる。
先ほどとは一変させた態度に、ルルーシュははっとした表情でこちらを振り返った。
そして、予想通り、バツが悪そうに視線を彷徨わせた。

うん、君弱いよね、僕に。
あの頃は気づかなかったけど、数百年という、考えるには十分過ぎるだけの時間を生きたのだ。そのぐらい思い至る。
しばらく抵抗を試みていたルルーシュだが、結局は折れた。
チョロいよ君。
ああ、あの当時知っていれば楽だったのにな。

「俺は世の中に便利なものがあふれていることを知っているからな。あんな何もない不便な場所で生きていられるか」

力強い瞳で睨まれ、言われた言葉に、思わず「へ?」と、マヌケな声を上げてしまった。

「え、ええっ!?そんな理由なの!?」
「そんなとは何だ、そんなとは!」

重大なことだろうが!!
パソコンや携帯、テレビなど、いつでもどこでも情報を入手できる道具を奪われ、読みたい本すら手に入らない環境に閉じ込められることになる。シャルルのためとはいえ、耐えられるか!!
叫んだことで傷が痛んだらしく、お腹を抱えてうずくまるルルーシュの背中を撫でながら、僕の涙を返せと、心のなかで叫んでおいた。

「まあいい。シャルルの話は今すべきことではない。それよりも、お前の話をしよう」

ルルーシュは、真剣な眼差しでスザクを見据えた。

「僕の?君の、じゃなく?」
「俺の話などしてどうする」
「聞きたいな。聞かせてよ?」

小首を傾げながら聞いてくるが、話す様なことは何もなかった。
かつてV.V.が持っていたコードを受け継いでいたのは予想外だったとしか言えない。
目を冷ましたのは冷たい墓の下。
幾度もの生と死を繰り返し、長い時間を掛けて這い出した時には、ゼロレクイエムから10年という月日が流れていた。 墓守をしていたジェレミアに発見され、ジェレミアとアーニャが天寿を全うするまで農園を手伝いながらともに暮らしていた。
墓の下に10年いた事で精神的に病んでいたが、それも彼らとの生活で癒やされた。
その後も人と関わらず暮らしてきたから、話すようなことなどない。
あるとすれば、可愛いシャルルのことぐらいだろう。

「いや、それよりも、今はお前の話だ」
「分かったよ。じゃあその話はまた後で。で?僕の何を聞きたいのさ?」
「過去の話ではない、今後の話だ」
「今後?」
「・・・なあスザク、お前はこれから先、普通の人間として暮らさないか?」

一呼吸置いてからルルーシュはそう切り出した。

「・・・は?」
「だから、人として、生きるつもりはないかと聞いたんだ」
「・・・人として?」

どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
スザクは瞳を瞬かせ、ルルーシュを見つめた。

「お前のコードを俺にくれないか」
「は!?何言ってるんだよ、君、持ってるじゃないか」

そこに!
スザクはルルーシュのコードの紋章がある胸部を指差した。

「コードユーザーは、複数のコードを所持できる」
「は?」
「つまり、俺はお前の持っているコードも持つことが出来るんだ」

理解しろと、語尾を強めてルルーシュが言った。
実際に98代皇帝はC.C.のコードも取り込もうとしていたのだ。
不可能ではないはずだ。

「・・・つまり、誰かにギアスを与えること無く、不老不死から開放されると?」

死ねる、ということか。
突然目の前に現れた死の果実に、ぶわりと全身が泡立った。

「そうだ。人に戻り、そしてあの屋敷へ戻れ」
「はぁ?ふざけてるの君?あんなことがあったのに戻れるわけ無いだろ!」

例えコードをルルーシュに渡しても、過去の記憶が消えるわけではない。
スザクが顔をしかめて怒鳴るのを、ルルーシュは静かに聞いていた。

「ユーフェミアもコーネリアも、他の兄弟達も、悪逆皇帝である俺が居なければ、そもそもあのような暴挙に出ることはない」
「でも、君相手だからとやっていいことと悪いことがあるだろう!第一、僕はあの現場を見てしまった。それをなかったコトになんて」
「できる。無かったことに」
「はぁ?」

スザクが不愉快そうに眉をしかめ、ルルーシュを睨みつけると、ルルーシュは苦笑しながら一度その両目を閉じた。そして次に開かれた時には、その両目はロイヤルパープルから鮮血を思い出させる深紅へと変わっていた。
瞳の中には、ギアスの文様。

「・・・なんで?どうしてギアスが!?」

コードを受け継ぐことで失われる王の力。
それが今もその瞳に宿っていた。

「お前のギアスはC.C.に与えられたものだろう?そしてそのコードはC.C.のもののはずだ。だが俺はC.C.からギアスを与えられ、V.V.のコードを継承した。恐らく異なるコードを得たことで、ギアスが消滅するためのプロセスに不具合が生じたのだろう」

再びその両まぶたを閉じ、次に開かれた時には、美しいロイヤルパープルに戻っていた。

「まず、シャルルのもとに行き、お前を人にすることを説明する。その後、シャルル以外の全員にギアスをかけ、お前の怪我のこと、あの火事のことを無かったこととし、俺はもともと存在していなかったのだと、その記憶を書き換える」

一気に説明をするルルーシュに、スザクは慌てて静止をかけた。

「待ってルルーシュ、僕が彼女たちを許すとでも?あんな、過去の情報に惑わされ、人として生きていた君を虐げ、殺害したことを許せと?冗談でしょ?」

あんなことを平然と出来る人間だとしれた時点で失望している。
ユフィの名を汚すだけの存在と、一緒になど入れない。

「だが、俺はこうして生きているし、傷も癒えている。もともと、俺は不老不死。あの程度の死などカウントするだけ馬鹿馬鹿しい」
「でも!」
「おまえ、昔言っていたな。シャーリーが亡くなったあの日、彼女に言われたと。許せないことなんて無いのだと」

遠い昔のあの光景が蘇る。
ルルーシュのことを好きだったシャーリー。
許せないことなんて無いんだよ。
彼女はどんな気持ちでそれを言ったのだろうか。

「・・・だけど」

そう簡単に許せることではない。

「大丈夫、彼女たちと生きれば、必ず許せる時が来るさ」

ルルーシュはそう言いながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
その笑みで、スザクは悟った。
・・・ああ、君はもう許しているんだね。
あれだけのことをされ、あれだけのことを言われ、そして殺されたのに。
もう、許しているのか。
そう思った時、遠い昔、かつて魔女と名乗っていた女性の言葉を思い出した。

--これから続く永劫の地獄の中で、もしお前に、この世界の全てを許せる時が訪れたのなら、お前の地獄は終わりを迎えるかもしれない--

あの時、彼女は何を思ってそういったのだろうか。
もしかしたら、彼女はあの時既にルルーシュの生存を知っていたのかもしれない。

「お前が望むなら、お前の過去の記憶も書き換えよう。お前の望むままに」

コードを失えば、ギアスをかけることが出来る。
ルルーシュが掛けていた<生きろ>のギアスは、コードを継承した時点で消え去っていた。
だから、記憶の書き換えは、可能なのだ。
この時代に生きてきた普通の青年に生まれ変わることが出来る。
ユフィ達とともに、この平和な世界で。

「スザク、よこせ。お前のコード」

ルルーシュは綺麗な笑みを浮かべ、右手をスザクへと差し出した。
じっと、その右手を見つめる。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、その手を掴んだ。

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